4年ぶりの東京・・・コロナがちょっとだけ落ち着いたタイミングで

12月17日:大分20時20分発ジェットスター→成田・・・上野到着は?

COVID-19パンデミック・新型コロナウィルス感染症の世界的大流行の影響も有り、上京する機会を逸してました。感染者数がピークだった2021年8月(25,000年/日)から2桁台まで落ち着いたこの12月のタイミングで久しぶりの東京です。ジェットスターは初めての利用で、第3ターミナルから第2ターミナルへの結構遠い移動(徒歩20分,約730m)があります。羽田空港とは反対に、全日空系が第1ターミナル、日航系が第2ターミナルとなっているようです。大分空港を出たのが20:20分、風速20mの強風で飛行機の遅れと、京成スカイライナー(最終)乗車タイミングで、目的地の上野駅到着は24時を過ぎてしまいました。

12月18日朝の散歩は浅草。

テレビではコロナ自粛緩和したかのように多くの人で賑わっていた浅草寺雷門前ですが、まだ朝のせいか(と言っても9時)人はまばらです。名物、人力車のイケメン兄ちゃん達とそのお目当て女性とのやり取りを垣間見ることが出来ました。

浅草のシンボル、浅草寺雷門までは、宿泊先の上野駅東側入谷口近くのホテルから歩いて20分くらいの所です。 ホテル正面の道路から東京スカイツリーを目指し、料理道具街で有名合羽橋を抜け、そのまま真っ直ぐ向かうと、いつの間にか雷門到着したって感じです。 街中をキョロキョロしながら歩くのも楽しいですが、毎日だと大変ですね。

吾妻橋から隅田川を隔て、アサヒビール本社と東京スカイツリー

アサヒビール本社、フィリップスタルクデザインの金色オブジエ(1989年)も30年超えてますが、まだまだ元気者です。

吾妻橋麓の喫煙所

東京では不通なのかも知れませんが、定員4名で、4人分の足形まである事に面白みを感じました。結構皆、枠外に待機して守っています。

浅草文化観光センター(2012年設計:隈研吾)

隈氏が2008年の公開コンペで勝ち取った、台東区が運営する雷門の真ん前に立地する建物です。外観的に積み木を積み重ねたようなランダムに角度が付いた庇と木のルーバーが面白い組合せながらリズム感があり、8階建てにもかかわらず圧迫感もなく和風的なたたずまいに、隈氏のこだわりと頑張りを感じました。近年、建築家と言えば、隈研吾氏の名前を良く聞きます。今回、コロナ禍で九州から思うように見学が出来なかった隈氏設計の国立競技場、高輪ゲートウェイを見学する前に、再度浅草文化観光センターを見ておきたいと、浅草に向かいました。

2017年3月撮影時

まだこの時は、浅草雷門前の人も大勢いて、建物の中に入る気持ちすら損なわれていました。何しろ浅草自体が初めて訪れたところで、他に見たい物が多く有ったと言うのが正直なところです。学生時代世田谷区千歳船橋に住んでいながら、九州の人間から見ると、神奈川県よりがベースで、千葉・埼玉方面は遠く感じていました。

浅草文化観光センター1階内部

前回多くて入る気を無くした内部ですが、今回はスカスカで、写真を撮っていると受付のお姉さんがパンフレットまで持ってきてくれました。外部のみならず、内部空間にも用いている、張りぼたの木材ルーバーは、隈氏の現在まで意匠に多用している作風です。

2014年12月撮影

隈氏の2011年竣工のスターバ設計作品を初めて直で見たのが、スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店でした。

ギンザシックス(2017年設計:谷口吉生+KAJIMA DESIGN)

「Life At Its Best~最高に満たされた暮らし~」をコンセプトにした商業空間を持つ建物です。ギンザシックスというのは銀座六丁目という意味ですね。地下6階、地上13階で、7~13階までのガラス張りカーテンウォール部分は主にオフィスになっているようです。これまで洗練されたスマートな近代和風の意匠設計を持ち味にした谷口氏の意匠設計統括と言う事ですが、正直どこまで関わっているのか良くわかりません。上層部のガラス張りビルには珍しい各階に取り付く庇デザインは谷口氏らしさを感じます。

2015年8月撮影時

「銀座六丁目10地区第一種市街地再開発事業」 と名打って、2つの街区を一つに集約した、巨大な敷地に何が出来るのか?楽しみにしていました。

2015年8月撮影時

かつて老舗百貨店「松坂屋銀座店」が有った銀座の一等地です。

ギンザシックス内観

1階ブランドショップ街の通路・エスカレーター吹抜の建築化照明(間接照明)は上品で一貫した高級感をかもし出しています。

エレベーターロビー

あまりにもデザイン優先のため、ユニバーサルには対応していないように思います。まず、ボタンの位置がわからない。

屋上に上がってみた

GINZA SIX屋上ガーデンは13階、有楽町方面は皇居が見えるかな?と思いましたがそんなに甘くないです。ギラギラ頭の東急プラザ銀座と有楽町マリオンを中心にビルの頭がわさわさと見えるだけで、あまり景観は良く有りません。

銀座の景色の移り変わりを感じた建物

今回、久しぶりの東京訪問で、他の地域で見たい建物も有り、あまりゆっくり建物見物目的の「銀ぶら」はできませんでしたが、気になったランドマーク的建物を幾つか紹介したいと思います。東京、特に銀座は、何時訪れても、新旧織りなす建物の移り変わり(景色の変化)が著しい場所であるのは、今回も間違いなくそう思いました。

銀座プレイス(2016年設計:クライン・ダイサム建築)

銀座の中心、四丁目交差点には、銀座三越・和光・三愛ドリームセンターが有り、その一角に有ったサッポロ銀座ビルの建替えで、陶器の編み目透かしのような外装を伴う建物になりました。正直言ってこれまでの建物は他のものと比べインパクト無く「ビアホール銀座ライオン&日産ギャラリー」が有ったところくらいの印象でしたが、建替によって新たに銀座四丁目交差点のランドマークが出来たかなという感じです。この先、数寄屋橋交差点にあった芦原義信氏の名作ソニービルの解体建直し計画により、ソニーショールームも移ってきているようです。

手前がソニービル跡地工事中右側が東急プラザ銀座

ソニービル無き跡、ソニーパークが有ったようですが、今は仮囲いで覆われています。東急プラザは2016年日建設計の設計ですが、ニューヨークのドナルド・トランプ前大統領所有トランプタワーを思わせるファサードで、本当にギラギラしていて、ちょっとこの辺では違和感を感じました。

ソニービルアーカイブ(1966年設計:芦原義信)2015年8月撮影

この場所に50年近く当たり前のように存在した芦原義信氏の代表作です。学生の頃から何度か訪れましたが、いつもいつも銀座のデパートででよく見かける垂れ幕で覆われた広告塔のようなイメージでした。たまたまでしょうか?

有楽町から東京国際フォーラムを抜けて東京駅方面へ

東京国際フォーラム(1997年設計:ラファエル・ヴィオリニ)

この通り(公共スペース)は建設当時から何度も通り抜けしてますが、約25年も経つというのに全く色あせません。イベントホールで特別な行事が無い限り昼夜問わずいつも静かで気持ちよい空間で大好きです。この場所は旧東京都庁があった場所です。

旧東京都庁アーカイブ(1957年設計:丹下健三+都市建築設計研究所)1981年撮影

旧東京都庁舎は、1991年、新宿に移転するまで存在しました。ここから東京駅前までの「丸の内」は、当時まさにオフィス街、日曜・休日は古いビルだけが建ち並ぶ殺風景な街でとても人が集まるような場所ではありませんでした。

三菱地所:丸ビル(2004年竣工)と新丸ビル(2007年竣工)から皇居方面を望む

東京駅前、丸の内側のオフィス街イメージ脱却を図ったのが、この丸の内ビルディング(右側)と新丸の内ビルディング(左側)です。その後、東京駅舎の復元工事が徐々に始まり、2012年に全面再開しました。同時に旧東京中央郵便局の面影をそのまま残した佇まいのJPタワー(KITTE丸の内)も開業しました。

右側丸の内ビルの奥に見える赤い高層ビルは、先日解体の報道が有った、前川国男氏設計の代表作の一つで有る東京海上(日動)ビル(1974年竣工)です。解体後はレンゾ・ピアノ氏設計による案件が進んでいるようです。

そして、2017年の12月に東京駅前広場の完成

前回ここを訪れたのは竣工前、2017年3月のことでした。駅裏(八重洲口)方面も大規模な再開発でボチボチ高層ビルが建ち並んできています。東京駅中央口から皇居まで御影石が敷かれた広い道路で真っ直ぐにつながっていますが、歩行者専用になっており車通りはありません。その左右には芝生と街路樹が植えられてますが、今後の手入れは結構大変そうに思います。インフラ・交通網はその地下と南北ロータリーに整備され、中央部分は北京の故宮天安門広場を思わせるような、ただただだだっ広い広場になっています。

JPタワー(旧東京中央郵便局)から東京駅前広場・ロータリー工事中を望む2015年(下)2017年(上)撮影

東京駅復元工事が終わってから駅前広場はどのように変貌するのか?ズーと楽しみにしていました。

東京海上ビル(1974年設計:前川国男)と東京駅(1914年設計:辰野金吾)1981年撮影

東京海上ビルは皇居の前に立地するため、高さを100m以内に抑えられたそうです。前川建築に於いては唯一の高層ビルになります。

東京駅、当時左右ウィングは2階建(一部3階建)でした。今回の新築当初復元は耐震補強・地下工事も有り建替以上に厳しい工事だったと思います。裏には旧八重洲口駅ビル(大丸百貨店)が見えます。駅前左右には(旧)丸の内ビルと(旧)臣丸の内ビルが並び、駅前広場はヒトケの無さをかもし出しています。事実、東京駅はローカル線からの乗換駅と言うイメージで、八重洲ブックセンターや日本橋・銀座方面に向かう時、しかも我々一般人は八重洲口(新幹線口)改札を抜けることぐらいしか用事は無かったですね

東京駅→高輪ゲートウェイ→渋谷へ→宿泊地の上野

高輪ゲートウェイ駅舎(2020年設計:隈研吾)

鉄骨フレームに淡い木質感を持たせた大空間のプラットフォームは、上階コンコースから全貌出来る、絵画のような風景です。

この駅は山手線と京浜東北線が乗入れていますが、品川電車基地の西側に建設されたため芝浦方面に抜けたい乗客には不便で、乗降客もかなり少ないです。将来地下道か高架橋出来るんですかね?

コンコースから改札口に下りるエスカレーターに挟まれた左側には店員不在のAI決済の店舗、右側奥にはトイレが有ります。杉板天井はトイレまで目透かしで張られていますが、端部小口処理が一部凸凹のところが有り目立ちました。これもデザイン?でしょうか?上階にはスタバが有りましたが、コンコースからは直接行けませんでした。

渋谷ストリーム(2018年設計:東急設計コンサルタント)

渋谷ストリームは地上35階・地下4階建てです。写真はJR山手線渋谷駅の東側に直結する渋谷スクランブルスクエアから渋谷ヒカリエに繋がるスカイデッキから撮影しています。これら高層ビルは、地上スカイデッキ及びJR渋谷駅から東急東横線・田園都市線、東京メトロ副都心線・銀座線・半蔵門線に複雑に絡み合った地下駅・地下道・地下街で繋がっています。

渋谷ヒカリエ(2012年設計:日建設計他JV)と渋谷スクランブルスクエア東棟(2019年設計:日建設計他JV)

東急文化会館(坂倉準三設計)跡地に渋谷ヒカリエ(地上34階・地下4階)が出来たときには、JR渋谷駅東側の再開発のトップバッターとしてブームを呼びました。

渋谷スクランブルスクエア東棟(地上47階・地下7階)は第Ⅰ期工事で、低層部(商業施設部)デザインはこれまた隈研吾氏が関わっているようです。第Ⅱ期工事はJR渋谷駅の真上に中央棟、そして東急百貨店の跡地に西棟、SANAA(瀬島和代+西沢立衛)設計で2027年開業予定、進行しているようで楽しみです。ちなみに、渋谷スクランブルスクエアという命名は今や世界的に人通りが多くて有名になった渋谷スクランブル交差点の名前にあやかってマンハッタンスクエアの名と掛け合わせたようですが、余りにも安直ですね。

宮下公園~MIYASHITA PARK(2020年設計:竹中工務店+日建設計)

JR山手線に沿って細長く商業施設が3~4階建てのビルの中に続き、屋上最上階を公園施設+スポーツコート、そして一番奥をホテル棟(原宿方面)にしています。民間と官庁が一体になって事業実施、現在では結果的にPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)の良い例ではなかろうかと思いますが、2014年「新宮下公園等整備事業」プロポーザル当時はまだ具体的にそのような考えは無かったようです。

のんべい横町

渋谷駅から宮下公園に続く商店街「のんべい横町」。渋谷にもまだ昭和レトロな雰囲気、新宿ガード下の「ションベン横町」のような風景が残っているんですね。

渋谷スクランブル交差点と渋谷駅ハチ公前

まだまだコロナ禍ではありましたが、少し落ち着いてきたので、屋外では賑わいを取り戻しています。

上野駅のクリスマスツリー

上野3153(西郷さん)

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